rund’s blog

身軽に生きる。

とんびはトンビをそのように育てるし、タカはタカのように育てる。

幼稚園にて。

 

 

給食の時間、Aさんのコップの中にBさんが唾を入れるという事件がありました。

 

Bさんは嘘をつくのがうまく、先生の見ていないところで色々と嫌がらせをするのが上手なお子さん。

 

無論、Bさんのお母さんは自分の子どもはできる子だと思っているので、そんなことはしないだろう、「うちの子に限って」と思っています。

 

Bさんのお母さんが、評判のいいお母さんならまだ救われますが

自分の子どもはさておいて、人のお子さん、またはその親御さんを批判する、嫌みを言う、上から指示をするなどコミュニケーション能力が不得手な方だと見受けられます。

 

 

誰もみていないと思って唾を吐いたBさん。

その前兆はあり、Aさんをからかって泣かせていたので

Aさんのお母さんは、担任にそっとよく見ていてくださいとお願いしていました。

 

何となく変な行動をとっていたBさんを、通りすがったCさんが見ていました。

担任がCさんを呼んで

「今、Bさんは何をしていた?」

『Aさんのコップに唾を入れてた』

 

 

6歳の子は、今見たものは正直に言えます。

 

そこで担任は問い詰めます。

 

B「前にもやったことがある」

 

 

 

 

色々、端折っていますが

聞いたときは小学校高学年から中学生のいじめのような内容に驚きました。

 

いじめの報道ではしばし、

 

「いじめていたと思っていなかった」

「いじめと把握していなかった」

 

などととんでもない言い訳をしますが、

 

加害者を考慮するのではなく、

被害者の気持ちをまず考慮することにいつも欠けているなと感じます。

 

加害者の行動はもしかすると情状酌量の余地があったとしても

それは被害者側とその家族が決めることであって

仲裁の側やニュートラルな人々がいう言葉ではありませんと個人的には思います。

 

 

今回の件ではAさん親子に落ち度など全くなく、近い席というだけでターゲットにされてしまった感じです。

 

 

 

タイトル通り、親の育てたように子は育ちます。

 

Bさん親子は他者を侮蔑するような態度でいつも関わってきます。

自信がないのにプライドがとても高いので、強がっていないと恐らく倒れるのでしょう。

 

Bさん親は、いつも不平不満を言っているのでほうれい線も濃く、口角が下がり

目は猜疑心に溢れた三白眼気味の目つきで、腕を組み、マスクをして少し肩をかがみながらそそっと歩きます。

暗い色の服を好み、清潔感や崇高な感じは残念ながら感じられず、話す態度も内緒話のようにこそっと話をします。

買い物に行くと万引きGメンによく声をかけられると話していたことがありました。

 

 

 

本日、Bさんは登園を渋っているそうです。

 

私自身は幼稚園側の対応がとても気になります。

 

 

明るい人の元には、明るい人が集まる。

爽やかな人の元には、爽やかな人が集まる。

愚痴ばかりの人の元には、愚痴大好きな口角下がりまくりの人が集まる。

 

自分の周りには、どんな人が近くにいますか?

それが自分の今のイメージ像です。

 

外見なんて関係ないというのは、間違っていると思っています。

 

むしろ、

 

 

『外見は一番外側に出ている自分の中身という個性である』

 

 

中身の充実というのは、外見にそれが表れるのです。

 

自分にも相手にも気持ちのいい人間になりたいものです。